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ホール内の美術品

当ホール内に展示している美術作品をご紹介します

<BOCHI BOCHI YUKOKA / 流政之>

ホール内の美術品

1階の中庭に展示されています。
●流 政之(ながれ まさゆき)
1923年長崎県生まれ。幼少時代は東京で過ごす。父親は政治家で立命館大学創設者の中川小十郎。立命館大学法文学部中退。海軍飛行科予備学生(第14期)出身の零戦パイロットとして終戦を迎える。
戦後は日本全国を放浪。独学で彫刻を学び、1963年に渡米。1967年にはTIMEにより、日本を代表する文化人の一人として紹介された。1975年には、ニューヨーク世界貿易センターのシンボルとして約250トンの巨大彫刻『雲の砦』をつくり国際的評価を得る。香川県高松市郊外にアトリエを作り始め、ベトナム戦争を期に帰国。2018年7月7日95歳没。主な作品として「映画神像(※日本アカデミー賞トロフィー)」、「UMECHAN(※阪急三番街)」がある。
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<初舞台 / 富永直樹>

ホール内の美術品

当館正面入り口に展示。
●富永 直樹(とみなが なおき)
1913年長崎県生まれ。東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科塑像部首席卒業。同研究科卒業。在学中の1936年に日展の前身、文展に「F子の首」にて初入選して以来、日展を主な舞台に活躍した。
代表作品として文部大臣賞を受賞した「平和の叫び」、「トーマス・ブレーク・グラバー之像」、「若きシーボルトの像(シーボルト記念館)」などがある。また、三洋電機に在籍しインダストリアルデザインの祖としても活躍し電話4号機の意匠を手がけたほか、日本初のカラー電話、家具調テレビ、ヒット商品となったプラスチックラジオSS-52(1952年三洋電機)などのデザイン産業界のデザイン的基盤形成にも貢献をなした。2006年没。
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<涼露品 / 川端龍子>

ホール内の美術品

情報コーナー(2階)に展示されています。
●川端 龍子(かわばた りゅうし)
川端龍子は1885(明治18)年、和歌山市に生まれ。大正時代から昭和40年代にかけて活躍した日本画家です。「繊細巧緻」な画風が主流であった昭和初期の日本画界にあって、展覧会という「会場」で、鑑賞者に訴える力を持つ「会場芸術主義」を提唱し、日本画の型を破る奇抜、豪放、大画面の超大作を次々と生み出しました。「龍子の前に龍子はなし、龍子の後に龍子はなし」と評され、近代日本画の異端者、在野の巨人と言われた。1996年没。
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<心の必然性 / 川崎 建二>

ホール内の美術品

情報コーナー(2階)に展示されています。

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